公益社団法人寒河江青年会議所 – 2017年度ホームページ 「情意投合」~心に響く情熱と共感をよびおこす運動を~

寒河江青年会議所設立までの歩み

設立までのあゆみ
寒河江市商工会青年協議会から寒河江青年会議所へ
1960年(昭和35年)7月、次代を担う商店の2代目が自主的な経済活動を通し、経営者としての研鑽を重ねることを目的とした寒河江市商工会青年 協議会 が江口恵朗氏を初代会長として38名の会員をもってスタートした。その後、寒河江市商工青年協議会は昭和42年定時総会において、青年会議所に移行するまで活動が続けられる事となる。1966年(昭和41年)秋、新庄市における商業活動の現況と、当時すでに商工青年協議会から青年会議所に移行していた新庄青年会議所の活動状況を視察 するため、寒河江市商工青年協議会の会長、山口啓介氏を始めとする7名が新庄市を訪れた。会議場に着いた時は、すでに加藤国夫理事長と森新庄商工会議所次 長ら十数名のメンバーが待っており、従来からの交流があったところから、互いに交友を確かめ合う親しい挨拶の後、研修のための協議と意見交換がなされ、視察研修の日程が終了した。
会議の席上ではどこかで聞いた「青年会議所」という名にふれると同時に、新庄商工青年協議会が昨年「新庄青年会議所」に移行したことを知らされた。また、新庄青年会議所のメンバーから青年会議所についていろいろと指導していただいたものも、何がなんだかさっぱりわからず、帰りの汽車の中でも、渋谷一郎氏、齋藤賢一氏、柿本進氏などの商工青年協議会の創設者メンバーは一抹の不安を感じながら寒河江への帰路についた。

寒河江青年会議所設立委員会の設置

1967年(昭和42年)4月、新庄青年会議所から設立の説明を受けた後、寒河江ロータリークラブからも立て続けに会議所設立の話をされた商工青年 協議会 は役員会に続いて総会の決議を得て青年会議所への移行を決意。寒河江ロータリークラブは商工青年協議会の議決を受け、ただちにクラブ内に青年会議所設立委 員会を設置した。同年7月4日、寒河江ロータリークラブの厚意により山形青年会議所による第一回説明会が開催された。
特に山形青年会議所は酒田、鶴岡両青年会議所のスポンサーとして認承証伝達式の準備に奔走していた時期である。7月28日、新庄青年会議所役員の方々が、寒河江青年会議所設立の動きあり」との情報に、是非設立のご指導にあたりたいと来寒してくれた。新庄青年会議所には新庄商工協議会の頃より会運営、活動諸般に渡り指導を受けて今日に至っている処から、設立にあたっては推薦青年会議所として指導協力をしてくれるよう口頭依頼して会議を終了した。

寒河江青年会議所設立へ

商工青年協議会「青年会議所設立準備委員会」は設立発起人として山崎啓介氏、柿本進氏、渋谷一郎氏、松田伸一氏、齋藤賢一氏、鈴木謹也氏、森谷純一 氏、高橋健一氏を指名。指名を受けた発起人は代表を選任した。設立趣意書の作成にとりかかると共に会員予定者のリストアップと会員募集に入った。完成した設立趣 意書を持って発起人達は市内方々に日夜走り、会員募集を精力的に行った。
それと同時に定款、規定、事業計画、予算等の作成など、社団法人日本青年会議所入会のための資料づくりが行われた。深夜に渡る作業は来る日も来る日も続いた。その間、推薦青年会議所に依頼していた新庄青年会議所が、設立以来の年数がスポンサーとして制限年数不足という事から、山形青年会議所にスポンサーに なっていただかなければならない事態になるなど、予期しない足踏みをしながら1967年(昭和42年)10月26日に寒河江市中央公民館において設立総 会。次いで同年11月8日設立総会を開催。定款、諸規定、社団法人日本青年会議所の入会等を承認した。同年11月12日に寒河江市中央公民館を会場に設立 式典を催し、第3ブロック(山形県、福島県)会長の高橋倫之助氏、ご来賓の方々、来訪JCメンバー100余名を迎え寒河江青年会議所がスタートした。
内容を理解できないままの青年会議所運動ではあったが、同年12月16日クリスマスパーティーの最中、日本JC拡大委員であった榎森伊兵衛氏から電話が入り、かねてより申請していた社団法人日本青年会議所の入会が常任委員会を通り、第364号をもって承認されたとの知らせが入った。
会場は喜びの渦となり記念すべき日となった。

寒河江青年会議所が始動

発足後の1968年(昭和43年)、初代と2代目の鈴木謹也理事長は、日本青年会議所の掲げる修練、奉仕、友情を基礎とした行動に共鳴し、それを寒河江青年会議所活動の基礎として固めるべく内部結束を進めた。6月、寒河江青年会議所認承証伝達式を執り行い、綿密な計画に則った式の開催を無事成功に納め、その充実感と感激は寒河江青年会議所メンバーに大きな自信を与えてくれた。その年に設立記念事業の児童文化賞を制定。地域社会に明るい話題を提供した最初の事業であった。
その後、内部結束の固まった組織を基準として、内部活動から外部活動へと事業を発展させた。市民会議の開催をはじめ行政との懇親会などを開催するなど社会 開発運動を大きな柱として運動を展開。寒河江青年会議所のビジョンづくりをした。こうして明るい豊かな社会の実現のためを掲げた寒河江青年会議所が始動した。
~創立10周年記念誌「燃える情熱」より抜粋~